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四国八十八ヶ所 
           ( in English)
第 1番霊山寺〜第10番切幡寺
第11番藤井寺〜第20番鶴林寺
第21番太龍寺〜第30番善楽寺
 第31番竹林寺〜第45番観自在寺
第46番浄瑠璃寺〜第60横峰寺
第61番香園寺〜第80番本山寺
第81番白峯寺〜第88番鶴林寺

阿波札所マップ

阿波札所スナップ写真

第1番霊山寺〜第10番切幡寺

位 置 本 尊 由 来 と 印 象
第1番霊山寺 鳴門市 釈迦如来 大師が霊感を得て天竺の霊山を日本に移したと言われる


ご詠歌
りょうぜんのしゃかのみまえにめぐりきてよろずのつみのきえうせにけり
本堂で拝むと前面のガラス戸に背後の池が映りその美しさに振り返る。きらきらした水面の下に錦鯉が所せましと泳いでいる。鳩も1匹2匹と舞い降りてきてすぐ近くまで物言いたげに寄ってくる。ここは、極楽なのか。
 
 秋うらら宝塔の鳩舞ひ降り来
第2番極楽寺 鳴門市 阿弥陀如来 大師が巡錫し、21日間阿弥陀経を読誦していると阿弥陀如来が現れた
   

   ご詠歌
ごくらくのみだのじょうどへいきたくばなみあみだぶつくちぐちにせよ
こんもりとした樹々を背に本堂があり、手入れの行き届いた前庭がある。また納経所へ向かう所に大師の植えた長命杉が空を覆うように立っている。
  
天高し長命杉は枝伸ばし
第3番金泉寺 板野郡 釈迦如来 大師が巡錫された時、小金井の霊水が湧き出た
     
 ご詠歌
ごくらくのたからのいけをおもへたらこがねのいずみすみたたへたる
仁王門はごく最近建てられたのか朱も華美で仁王も新しい。また、大師堂近くには黄金井があり、ここをのぞいて顔が映れば長寿のおかげを受けるという。そんなに言えば見たくなるもの、果たして水に映った不細工な顔を見るはめになる。
  
紅葉して鳥語盛んや観世音
第4番大日寺 板野郡 大日如来 真言宗のご本尊が大日如来。大師が滞在中この地で感得した
  
 ご詠歌

ながむればつきしろたへのよはなれやただくろたににくろぞめのそで
寺への道は細く観光バスは入れない。三方、山に囲まれ、日が沈むのが早い。一見、廃寺とも思われるほど痛んでいるが、回廊には西国三十三ヶ所の観音さまが順番に並んでいる。
  
秋夕焼古き瓦の大師堂
第5番地蔵寺 板野郡 勝軍地蔵菩薩 大師が嵯峨天皇の勅願で勝軍菩薩像(悪行を刻む煩悩を切る)を刻む
 

 ご詠歌

ろくどうののうげのじぞうだいぼさつみちびきたまへこのよのちのよ
敷地は広く、羅漢堂と本堂と別れ結構歩かなくてはならない。羅漢堂には五百羅漢が等身大で立ち並んでいる。本堂へは長い石段を降りる。境内には寿齢800年の大銀杏がある。また、水琴窟があり単音でなく旋律的でびっくりする。
  天辺の日の輪を散らす大銀杏 
第6番安楽寺 板野郡 薬師如来 この地で温泉が湧き諸病に特効があったので大師が薬師如来を作る

ご詠歌

よくしんをただひとすじにきりはたじのちのよまでのさはりとぞなる

新築された洋風茶店のようなところを通り、広い境内に出る。ご苦労さんという語呂合せの番号で駐車場へ入れるしくみになっているが、四国一の宿坊があり温泉山安楽寺という名にふさわしく団体を受け入れる浴場がある。
  
下駄揃ふ宿坊ひとつ秋の夕
第7番十楽寺 板野郡 阿弥陀如来 人間の持つ8つの苦難(生・老・病・死・愛別離・怨憎会・求不得・五陰盛)を離れ、十の光明(極楽浄土で受ける十の快楽)に輝くようにつけた
    ご詠歌
にんげんのはっくをはやくはなれなばいたらんかたはくぼんじゅうらく
少し高台にあり見晴らしがいい。不動明大王が大きく立ちはだかっていたのが印象的であった。境内には萩が咲き零れていたが、まだ周囲の山からは夏を惜しむが如く法師蝉がないていた。
  
法師蝉遅れて鳴ける阿弥陀堂
第8番熊谷寺 板野郡 千手観音 奥にある閼伽ヶ谷で修行中、紀州の熊野権現が現れ、観世音菩薩の尊像を感得した
  
 ご詠歌

たきぎとりみづくまたにのてらにきてなんぎょうするものちのよのため
やや上り坂をあがっていくと右手に弁天池があり、左に納所また、駐車場がある。そこから、四国一古い多宝塔があり、奥に本堂がある。
たまたま巡礼姿の遍路が多くあり観音経を読誦して拝んでいた。
  
山門を入りて読誦の秋遍路 
第9番法輪寺 板野郡 釈迦如来 元は山麓の法池ヶ谷にあり、法淋寺と称していたが兵火にあい、現在の地に。
   
 ご詠歌

だいじょうのひほうもとがもひるがへしてんぼうりんのえんとこそぎけ
田園の中のぽつんとしたお寺。大変わかりづらいところにあって、他の車も遠くで探し回っている様子が見えた。僧が庭をていねいにはいておったが、あわてて納経所に戻り筆をもって書いてくれた。こじんまりとしたいい寺であるが、庭が不自然にも赤土で客土であるのがよくわかった。
  
掃き終へて筆とる僧や鰯雲
第10番切幡寺 阿波郡 千手観音 山麓の貧しい村に立ち寄り、喜捨を乞うたところ快く接待された。七日後も織っていた布を切り裂いて差し出したというその後願いを聞き入れ得度、潅頂を授けた
    




ご詠歌

よくしんをただひとすじにきりはたじのちのよまでのさはりとぞなる
前に並ぶちょっとした商店街を通り、山の中腹へ続く333段の階段。
労を惜しんで車で上ったのだが、歩くと30分はかかる。こういう行き方は、何か心のどこかでしこりになるものだ。一段一段歩いてくれ。ご本尊は女人済度で女性の信者が多い。 
  
登り来て磴下は深し秋思ふと  
覚え書き
名     称 説              明
釈迦如来 釈迦牟尼の尊称。仏教の開祖、釈迦は、北インドのカピラバストゥの釈迦族の国王、浄飯王(じょうぼんのう:シュッドーダナ)とその妃、摩耶夫人(まやぶにん:マーヤー)の長子として生まれた。伝説では夫人は白象が胎内にはいる夢をみて釈迦をみごもり、出産した。生まれたばかりの釈迦は7歩あるいて、右手で天、左手で地をさし、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん:世間において私がもっともすぐれている)」ととなえたという。中国や日本ではこの日を4月8日とさだめ、灌仏会をおこなう。
阿弥陀如来 阿弥陀の尊号。西方にある極楽世界を主宰する仏。浄土宗、浄土真宗の本尊。阿弥陀とはサンスクリットのamitaの音をうつした言葉。漢語ではその意味をとって「無量寿」「無量光」などと訳された。かぎりない生命、はかり知れない光明をもつ仏という意味である。
 源信は具体的に表現された地獄・極楽思想によって、この世のはかなさを説き、一心に念仏すれば、臨終のときに阿弥陀仏が二十五菩薩をしたがえてむかえにくるとおしえた。
大日如来 宇宙の真実の姿を仏格化した根本仏である。日常の人間の言葉を廃して、大日如来の言葉すなわち真言を直接きき、身(体)・口(言葉)・意(心)のすべてにおいて大日如来と一体化することで、現世における成仏(即身成仏)が可能となると説く。そして真言をきくことができるかどうかはその人の心のあり方によってちがうとし、空海は人の心のあり方を10段階の住心にわけた(→ 十住心論)。
地蔵菩薩 「地蔵」はサンスクリットのクシティガルバの訳で、「大地の母胎」を意味し、さまざまなものを生みだす大地のような力を秘めた菩薩をあらわしている。釈迦の死後、56億7000万年後に弥勒菩薩が出現するまでの長い無仏の時代に、六道をまよう人々を教化し、そのすべてを解脱させるまで自身が仏になることを延期したとされる。子育て地蔵、延命地蔵など各種の現世利益とむすびついたものがつくりだされ、道端などにも石像がまつられるようになった。行事も多く、とくに旧暦7月24日に子供たちが地蔵をまつる「地蔵盆」が代表的である。
羅漢または
阿羅漢
仏教の修行の最高段階、または、最高に達した人。中国、日本では禅が盛んになるにつれて、釈迦(しゃか)がなくなったとき、仏法護持をちかった16人の仏弟子を「十六羅漢」とよび、第1回の経典編集にあつまった500人の弟子を「五百羅漢」と称して尊敬した。
観音菩薩 観察することに自在な意。観音は、もともと阿弥陀仏の脇侍(きょうじ:仏の両わきにひかえる)として左におかれ、右にひかえる知恵の象徴である勢至(せいし)菩薩とともに阿弥陀三尊を形成する。衆生の求めに応じて千手観音、馬頭観音等、様々に姿を変える。
参考及び許可 ☆ことがらの説明は Microsoft(R) Encarta(R) 97 Encyclopedia. (C) 1993-1997及び三省堂広辞苑 .を参考にしました。
☆四国三十三ヶ所札所のマップは、すべて詫間電波高専の許可を得て掲載しています。http://www.cc.takuma-ct.ac.jp/fudasho/fudasho-frame.html

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第11番藤井寺〜第20番鶴林寺