| 位 置 | 本 尊 | 由 来 と 印 象 | |
| 第61番香園寺 | 愛媛県 周桑郡 |
大日如来 | 大師が通りがかりに身重な女が苦しんでいるので加持された。無事安産し、勝縁によって唐から守ってきた像を安置し、栴檀の香をたいて護摩修法された。 |
![]() ご詠歌 のちのよをおもえばまいれこうおんじ とめてとまらぬしらたきのみず |
一万坪敷地があるという。とても広い。 こがらしが灰をふきあげていた。建物3階建て鉄筋の建物で巨大でサティアンみたいな感じ。3階の本堂には金色の大きな大日如来像があり左右には、観音像や太子像がある。座席は映画館みたいにきっちりと前向いてすわるようになっている。 |
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| 第62番宝寿寺 | 愛媛県 周桑郡 |
十一面観世音 | 聖武天皇の勅願により建立。その後大師が光明皇后にかたどって十一面観音像を彫刻して本とし、寺号を宝寿寺とした。 |
![]() ご詠歌 さみだれのあとにいでたるたまのいは しらつぼなるやいちのみやかな |
道路沿いにある小さなお寺。ひとむらのコスモスが駐車場にあった。本堂も大師堂も新しい。その隣の建物が修理中で立ち入り禁止のロープがはられていた。後ろがJR伊予線が走っている。鐘撞き堂の礎石だけがくっきりと遺っていた。 |
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| 第63番吉祥寺 | 愛媛県 西条市 |
毘沙門天世 | 大ご本尊は毘沙門天で脇士は吉祥天と善膩師童子。以前は、当時坂元山にあったのが、天正の兵火で全山全焼。現在の地に。 |
![]() ご詠歌 みのなかのあしきひほうをうちすてて みなきちしゃうをのぞみいれよ |
樹と競り合うごとく高々と石塔が建っていた。釣鐘の下でお遍路さんがタバコをすっていたので少し話をした。修行の身だということで写真を断られたが、なぜか写真を撮ってくれた。庭に穴のあいている石があった。本の説明と別なことを言ったが忘れた。本には目隠しをして金剛杖でついてその穴へ杖が入ればいいとある。 衝かれし石も傷なりそぞろ寒 |
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| 第64前神寺 | 愛媛県 西条市 |
阿弥陀如来 | 石鎚山は日本七霊山の1つ。大師も求聞持法を修し、霊場に定めた。神仏分離で現在の地にあるのを里前神寺、山頂近くのを奥前神寺とした。 |
![]() ご詠歌 まへはかみうしろはほとけごくらくの るよろづのつみをくだくいしづち |
つばきの実堅い。銀杏が色づき始める。本堂は、小さく山の中に青銅の屋根。不動明王が滝にうたれ、1円玉がはりついている。念ずれば花開くという坂村真民の句碑。 |
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| 第65番三角寺 | 愛媛県 川之江市 |
十一面観世音 | 聖武天皇の勅願によって行基菩薩が開基、のち弘法大師が登山し、観世音を彫り、三角形の護摩壇を築き降伏の秘法を修された。 |
![]() ご詠歌 おそろしやみつのかどにもいるならば こころをまろくじひをねんぜよ |
海抜450の三角寺山の中腹にあり、そこから川之江市が一望できる。松山自動車道が真下を通りお遍路道も様変わりしつつある。川之江JCは、徳島道、高知道、高松道の合流点である。 晩鐘の幾つ山越え冬隣る |
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| 第66番雲辺寺 | 徳島県 三好郡 |
千手観世音 | 大師が16歳のとき堂宇を建立したのが始まりといわれている。 |
![]() ご詠歌 みはるばるとくものほとりのてらにきて つきひをいまはふもとにぞみる |
雲辺寺は、徳島、香川の県境にあり、海抜1000mあり四国霊場で一番高い。遠く白っぽいスモッグに沈む瀬戸内海がみえ、その上を真っ青に透き通る空が広がる。あちらこちらに羅漢さんが並んでここは、極楽かという思いがする。ケーブルも圧巻であった。 冬枯れや羅漢見据える埃の海 |
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| 第67番太興寺 | 香川県 三豊郡 |
十一面観世音 | 嵯峨天皇の勅命で弘法大師が熊野三所権現鎮護の霊場として開創。寺の名は太興寺だが、談合にちなんで小松尾寺と呼んでいる。 |
![]() ご詠歌 うへおきしこまつをでらをながむれば のりのおしへのかぜぞふきぬる |
のどかな田んぼの風景を満喫しながらたどりつく。東大寺のミニチュアを思わせる金堂。階段上り口に弘法大師手植の大楠が時を経て豪快に枝を広げている。空気が冷え冷えとしている中で鐘を撞いて御参りした。 | ||
| 第68番神恵院 | 観音寺市 | 大日如来 | 文武天皇の頃法相宗の日証上人が草庵を結んで修行していた時海の彼方神船が浮かび琴の音が聞えた。神功ゆかりの船だったので像を作りお祀りした。 |
![]() ご詠歌 ふゑのねもまつふくかぜもことをひくも うたふもまふものりこえごえ |
観音寺に来て先ず見たくなるのは、海である。きらきら光る海辺の松林の間には大きな砂のアート寛永通宝がある。その琴弾公園の裏手に、この神恵院がある。1つの境内に2つの札所があるのはここだけ。 春昼や砂絵浮き立つ松林 |
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| 第69番観音寺 | 観音寺市 | 聖観世音 | |
ご詠歌 かんのんのだいひのちからつよければ おもきつみをもひきあげてたべ |
少し小高い観音寺からは海が見える。登口の鐘楼堂の彫刻は凄く立派。折りしも桃の花と桜の花が入れ替わるところでその花の下で幼子の写真を撮っている若い夫婦が印象的であった。 幼な手に乳飲み子あやす花明かり |
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| 第70番本山寺 | 三豊郡 | 馬頭観世音 | |
![]() ご詠歌 みもとやまにたれかうへけるはななれやはるこそたをれたむけにぞなる |
境内に入るとまっすぐ高く聳える五重塔が目に付く。そして、広い境内。観光バスからお遍路さんが40人ばかり来たので閑散とした境内も白装束で大賑わいになった。納経は、荒っぽくしゃべりながら書かれたのでひどい字だ。丁寧に書いてくれて拝んで渡される所もあるのに・・・。 朧夜や客声遠くバス泊まり |
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| 位 置 | 本 尊 | 由 来 と 印 象 | |
| 第71番弥谷寺 | 三豊郡 | 千手観世音 | 行基菩薩が修行の折、ここより四国をはじめとする八国が見え蓮華山八国寺とし、のち、大師が7歳の時苦行し五柄の剣を得た。 |
![]() ご詠歌 あくにんとゆきつれなんもいやだにじしただかりそめもよきともぞよき |
少し時間の余裕を見て上らないと大変。だらだらと262段の階段をのぼり、さらに本堂まで108段の階段を上る。岩壁には、おびただしい数の阿弥陀が刻まれている。 滴りの音の幽かに摩崖仏 |
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| 第72番曼荼羅寺 | 善通寺市 | 大日如来 | 弘法大師の先祖である佐伯氏の氏寺。大師が留学後、本尊の大日如来を勧請し、唐の青龍寺を模し堂塔を建立し、曼荼羅寺と改める。 |
![]() ご詠歌 わづかにもまんだらおがむひとはただ ふたたびみたびかへらざらまし |
境内に見事な「不老松」がある。1つの根から高さ4メートル、南北、東西円形に18メートル伸びている。傘を伏せたようになっている。境内から、捨身が嶽が見える。 炎天下大傘を成す不老松 |
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| 第73番出釈迦寺 | 善通寺市 | 釈迦如来 | 弘法大師が7歳の時、仏門に入ったきっかけになったところ。我拝師山山頂の捨身が嶽より断崖絶壁から飛び降りた時、釈迦如来が現れたので堂宇を作った。 |
![]() ご詠歌 まよひぬるろくどうしゅじゃうすくはんとるたうときやまにいづるしゃかでら |
5時過ぎていたにもかかわらず、納経と朱印をもらうことができました。また、住職さんが「この山は、空海が仏の道に入るきっかけを作ってくれた山だ。」と高い絶壁を指差して説明をしてくれました。海の方には、遠く、瀬戸大橋が見えた。 御嶽の高さに合ひし初音かな |
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| 第74甲山寺 | 善通寺市 | 薬師如来 | 甲山の麓の岩窟から老翁が現れ、暗示を受けた。満濃池築造の当地に赴任し薬師如来を刻んで工事の成功を祈願した。 |
![]() ご詠歌 じゅうにしんみかたにもてるいくさには はおのれとこころかぶとやまかな |
寂れた裏山のお寺という感じ。大師が遊んだところという。岩窟らしきものがあるが浅い。境内も狭い。 岩窟の仏涼しき目鼻だち |
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| 第75番善通寺 | 善通寺市 | 薬師如来 | 先祖の氏寺として父善通の荘田に七堂伽藍を建立。堂塔は唐の青龍寺を模して作られた。御影堂は、父善通の館、奥に母玉依御前のすなわち大師の誕生の館である。 |
![]() ご詠歌 わすれまばよもきえはてじぜんつうじふかきちかひののりのともしび |
高さ45メートルのどっしりとした五重塔。金堂には、薬師如来像がしっかり居座わる。御影堂の戒壇めぐりは、人間の脆さを感じさせるような漆黒の闇を歩く。宝物殿には大師の直筆が見られ時空を越えた感慨に浸る 炎天や若き尼僧の歩の軽し |
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| 第76番金倉寺 | 善通寺市 | 薬師如来 | 当寺は智証大師の祖父和気道麿によって開創され、通善寺と称していた。その後、醍醐天皇が金倉の郷にあるので金倉寺と改名。 |
![]() ご詠歌 まことにもしんぶつそうをひらくれば しんごんかじのふしぎなりけり |
導入路が狭いのに駐車場がやけに広い。智証は、弘法大師の血縁にあたり、延暦寺五大座主になっており、この境内にも智証の名があちこちに目に付く。 夏の月秘仏を守る大扉 |
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| 第77番道隆寺 | 香川県 多度郡 |
薬師如来 | 天平の頃、ここは桑園であったそうな。ここで和気道隆は誤って乳母を弓で射ってしまった。嘆き悲しんだ道隆はその供養のために桑の樹で薬師如来を彫って小堂を建てた。その後空大師が留錫した。 |
![]() ご詠歌 ねがひをばぶつどうりゅうにいりはてて ぼだいのつきをみまくほしさに |
道路からは、大して大きく見えないが裏の方に回ると仁王門の前も広い。多宝塔は、こじんまりとしてきれいだった。 納経の朱印色濃き夏遍路 |
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| 第78番郷照寺 | 香川県 綾歌郡 |
阿弥陀如来 | 行基菩薩によって開祖され、後、大師が荒廃した伽藍を改築して霊場に定めた。 |
![]() ご詠歌 おどりはねねんぶつとなふどうじゃうじ はひょうしをそろへかねをうつなり |
青野山という小高い山に位置する。振り返れば、讃岐百景と書かれているもののビルディングが多い。その合間にかろうじて瀬戸大橋が見える。白い砂利が清潔感を与えていた。 熊手持つ僧矍鑠と炎天下 |
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| 第79番高照院 | 香川県 坂出市 |
十一面手観世音 | 金山の麓に八十場とも言われる泉の水源があり、大師は、霊感を得て金華山と号した。保元の乱で寺は焼かれ高照院に移された。崇徳天皇が亡くなられた時、八十の泉に仮安置されたので天皇寺といわれる。 |
![]() ご詠歌 じょうらくのうきよのなかをたづねべし てんのうさへもさすらひぞある |
ずいぶんと探すのに苦労した。やはり間借りという風で看板も小さい。駐車場は、わずかにあるが、小さいながらも有料である。 階に凭れているなり夏遍路 |
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| 第80番國分寺 | 綾歌郡 | 十一面観世音 | 聖武天皇の勅によって行基菩薩が開基し千手観音を刻み安置した。後に大師が尊像を補修され、霊場に定めた。 |
![]() ご詠歌 くにをわけのやまをしのぎてらでらに まいれるひとをたすけましませ |
さすが国分寺跡は広い。境内には、いくつもの礎石があり、鳩がかわいく乗って遊んでいる。近くにいっても逃げないのんびり屋である。ミニ八十八ヶ所があり、それぞれの本尊が建てられているので圧巻。 緑蔭の礎石に憩ふ番ひ鳩 |
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第81番白峯寺〜第88番鶴林寺
第46番浄瑠璃寺〜第60横峰寺
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