| 位 置 | 本 尊 | 由 来 と 印 象 | |
| 第81番白峯寺 | 坂出市 | 千手観世音 | 大師が登山して宝珠を埋めて閼伽井を掘られ、後に智証大師が山上の瑞光を見られてここを霊場とした。五色台の西にある白峰山にある。崇徳天皇の御陵があることで知られる |
![]() ![]() ご詠歌 しもさむくつゆしろたへのてらのうち みなをとなふるのりのこえごえ |
瀬戸内海を一望する五色台の頂上近くにあり、樹木に覆われてすずしい。都から遠く離れた御陵。父に疎まれ,追放された悲運の天皇。その怨霊があるとかないとか。江戸時代の初代高松藩主によって手厚く改修されたようである。それまでは、石を積んだ荒れ果てた御陵だったとか。札所になって良かった。 一陣の風の生まるる青御陵 |
||
| 第82番根香寺 | 高松市 | 千手千眼観世音 | 弘法大師は入唐前にこの山へ登って草庵を結び霊場とした。智証は山の守護神山王権現を祀り、香木で観世音を作る。香木の根の香が高いので寺名となる。また、香が川に流れて香るから香川の県名がつけられたという。 |
![]() ![]() ご詠歌 よひのまのたへふるしものきへぬれば あとそこかねのごんぎゃうのこゑ |
仁王門が工事中で何も見えなかったが、寺全体が山の木々に覆われ涼しかった。本堂、阿弥陀堂へは、千体仏めぐりがあり神妙になった。庭には、楪やさんしゅ・高野まきが植えられていた。 涼風や枝々伝ふ鑿の音(仁王門の改修工事) |
||
| 第83番一宮寺 | 高松市 | 聖観世音菩薩 | 大宝年間に義淵僧正が開基し、はじめは大宝院と称し、法相宗に所属していたが、諸国に一宮が建てられたとき、行基が堂塔を修復し、別当職となり寺号も一宮寺に改められた。後、大師が留まり、聖観音像を刻んで安置した。 |
![]() ![]() ご詠歌 さぬきいちみやのみまへにあふぎきて かみのこころをたれかしらゆう |
その日は、大変な暑さで、またお昼時でしたから、ブザーを押さないと窓を開けてくれなかった。境内には、意地悪ばあさんが聞いたという地獄の釜がある。今は、その穴に小仏があった。境内の向こうには、大きな田村神社があり、讃岐一宮にふさわしいりっぱな社殿があった。ここも工事中であった。 床下を外して涼し宮普請 |
||
| 第84番屋島寺 | 高松市 | 十一面観世音 | 天平勝宝(七五四)来日した唐僧鑑真は大宰府を出発して難波へ向かったが、屋島へ立ち寄り、北嶺に普賢堂を建て、その弟子恵雲律師が堂宇を整備して住職となった。その後、弘仁六年、大師が登山し、勅命によって本堂を建立した。 |
![]() ![]() ご詠歌 あづさゆみやしまのてらにけふでつつ いのりをかけていさむもののふ |
風光明媚な屋島の山上にある。海側には、合戦跡やすぐ眼の前に小豆島がある。境内は、新しく近代的な造りの宝物館がある。また、夫婦円満の狸の像や七福神の像があり、スナップ写真をとっていた。 緑蔭に皆揃ひたる七福神 |
||
| 第85番八栗寺 | 牟礼町 | 聖観世音菩薩 | 当初は千手院と呼んでいたが、大師がこの山に登り、求聞持の法を修されているとき五柄の利剣が降ってきたので五剣山と名づけ、山頂から八カ国が見えたので八国寺とし、唐、入唐前に植えた八つの栗が帰国後悉く生長したので八栗寺とに改められた。 |
![]() ![]() ご詠歌 ぼんのうをむねのちかにてやくりをば しゅぎゃうしゃならでたれかしるべし |
山上までケーブルでいく。両側の石楠花が美しい。木々に覆われた参道を涼しげに歩く。本堂までの階段が急。まだ、藍色の紫陽花が咲いていた。15分ごとに出ているケーブルの時間が気になる・・・。 石楠花のトンネルを過ぐケーブルカー |
||
| 第86番志度寺 | 志度町 | 十一面観世音 | 推古天皇の三十三年に志度の浦へ楠の霊木が漂着し、園子尼がこの霊木で観世音の尊像を刻みたいと念じたのがはじまり。。 |
![]() ご詠歌 いざさらばこよひはここにしどのてら あいのりのこゑをみみにふれつつ |
仁王門をくぐると帰り花が咲いていた。左手には紅葉した木々の間から見事な五重塔が聳えていた。さらに左手には「海女の墓」があった。藤原不比等と海女の伝説があるらしい。本堂の右手には、珍しく三尊仏があり、藩主松平頼重公がささいなことから切腹を命じた者への悔いで三尊を作って冥福を祈ったということである。 帰り咲く一木さびしき寺の午後 |
||
| 第87番長尾寺 | 長尾町 | 聖観世音菩薩 | 行基菩薩が巡錫の折、道端にある楊柳をもって聖観音を刻み、小堂を建てたのがはじまり。 |
![]() ![]() ご詠歌 あしびきのやまどりのをのながをでら あきのよすがらみなをとなへて |
仁王門に珍しく釣り鐘があり、落ちて来ないかとやや不安になりながら鐘の下をくぐる。大きな楠の下に、「人生即遍路」という山頭火の碑がある。境内に松が多くあり、どことなく簡素ですっきりした気持ちになる。 冬菊や金剛杖に傷数多 |
||
| 第88番大窪寺 | 長尾町 | 薬師如来 | 寺は元正天皇の頃行基菩薩がこの地に留錫し、大師が唐より帰国後、現在の奥の院の岩窟で求聞持の法を修し、大きな窪の傍らに堂を建立した。 |
![]() ![]() ご詠歌 よなむやくししょびゃうなかれ とねがひつつまいれるひとは おほくぼのてら |
平等寺から24号線。55号線と走り30分で着く。といっても23キロもある。ずいぶん南に来てしまった。仁王門を入ると女厄坂三十三段。さらに本堂へ男厄坂四十二段をのぼる。一段。他のお遍路さんは今日どこに泊まるのかなと思いながら帰りをいそぐ。 黄落や固まりて置く遍路杖 |
||