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位 置 |
由 来 と 印 象 |
| 第1番青岸渡寺 |
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町 |
仁徳帝の頃天竺僧、裸形上人が熊野浦に漂着し、那智大滝に修行中、ある暁八寸の観音菩薩を感得して草庵を結びお祀りしたのがはじまりの開山。 |

ご詠歌
ふだらくやきしうつなみはみくまののなちのおやまにひびくたきつせ |
西国33カ所の1番札所。駐車場から480段の階段。両側のお店はまだ開いていないが納経所はすでに5時から開いていた。追善供養が行われていたので朱印をいただくのが少し遅れた。本堂から見える鮮やかな朱塗りの三重塔と那智山より流れ落ちる白い滝水が共に垂直に林立して周囲の山々と神秘的な調和をなしていた。
柿紅葉滝遠景に熊野行く |
| 第2番紀三井寺 |
和歌山市紀三井寺 |
宝亀元(770)年、唐僧為光が、この地に一寺を建て、自作の十一面観音を本尊としたことがはじまりである。 |
 
ご詠歌
ふるさとをはるばるここにきみいでらはなのみやこもちかくなるらん |
寺は風光明媚な和歌浦を見渡せる名草山の中腹に位置し、柿本人麻呂の「和歌浦に潮満ちくれば片男波あしべをさして鶴なき渡る」や芭蕉の「見上ぐれば桜しまふて紀三井寺」等古くから詠まれる等、文人来訪が多い。金剛力士の仁王門を過ぎて料金を払い、急な階段を登る。春は花むしろを見ながら上れる。境内から和歌山市が一望できる。楼門、鐘楼、多宝塔は国の重要文化財である。
初桜佇ちて見あげる白浄衣
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| 第3番粉河寺 |
和歌山県那賀郡粉河 |
この地で住んでいた漁師大伴孔子古(くじこ)が山中に異様な光が現れ感得し、尊像を作る決心をしたが、一人の童子が現れ一泊するうち金色の千手観音が彫られていた。 |
 
ご詠歌
ちちははのめぐみもふかきこかわでらほとけのちかいたのもしのみや |
和歌山市から奈良方面に紀ノ川をさかのぼると30分で着く。駐車場より朱塗りの橋を渡ってしばらく歩くとやがて仁王門に出る。庭園が見事である。近くには、世界で初めて麻酔を使って手術をしたという華岡青洲の里がある。その末裔が今も家や墓を守っていいる。
時雨るるや竜門を背に朱塗り門 |
| 第4番施福寺 |
大阪府和泉市槙尾山 |
欽明天皇の時代に行満上人によって開かれ、役行者や行基菩薩がここで修行したと伝えられている。 |
 ご詠歌
みやまじやひばらまつばらわけゆけばもきのをでらにこまぞいさめる |
三十三ヶ所札所で歩いて登らねばならない所はもうほとんどないが、ここはその1つだ。でも、谷川に沿って汗を流しながらゆっくり登るのも意義深い。下りて来る人に「ご苦労様」とか「後少しですよ」とか結構励まされる。上につくとお堂が小さい割に境内がゆったりしているのでくつろげる。大師は、帰朝後高野山へ入山の許可が下りず2年もここで修行したところである。
決めかねて右の道行く秋遍路 |
| 第5番葛井寺 |
大阪府藤井寺市藤井寺 |
百済の王族、王仁(わに)一族の葛井氏が天皇の崇仏政策を支持し、国家のために創建したものである。在原業平も住んだことがある。荒廃したのを藤井氏が再建した。 |
 
ご詠歌
まいるよりたのみをかくるふじいではなのうてなにむらさきのくも |
松原ICより西名阪に入ってすぐ藤井寺ICがある。街の真中にあるこじんまりとしたお寺である。朱塗りの南大門が見事で本尊の国宝千手観音菩薩坐像は見れなかったが見たいものである。藤井寺の街を走るといたるところに小高い丘が見える。巨大古墳群である。
門前の木戸引く音も秋さやか |
| 第6番壷阪寺 |
奈良県高市郡高取町壷阪 |
大宝元年(701年)元興寺の弁基上人がこの霊峰に心ひかれ修行していたところ、秘蔵の水晶の壺の中に観音様が写し出された。そこで観音を模刻し壷坂の上に祀った。 |
 ご詠歌
いわをたてみずをたたえてつぼさかのにわのいさごもじょうどなるらん |
参るごとに寺や境内の様子が大きく変わる。目の不自由な方にもわかるように手摺には点字が刻まれ、静かな佇まいが感じられた。インドからの大きな花崗岩の大観音石像つくられ、狭い境内では写真に写しかねる。最近では寝釈迦まであるという。
蝉時雨磴どこまでも札所寺
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| 第7番岡寺 |
奈良県高市郡明日香村岡 |
本義淵僧正は、観音さまにお祈りして授けられ、その非凡さに天智天皇は岡宮に引き取り養育した。その後義淵は法相宗の最高位の僧正に任ぜられ岡宮の旧跡に創建。 |

ご詠歌
けさみればつゆおかでらのにわのこけさながらるりのひかりなりけtり |
奈良でもこの飛鳥の里が一番素朴でいい。聖徳太子誕生の地と言われる橘寺をはじ飛鳥寺、入鹿の首塚、石舞台など明日香の遺跡が数多くある。その一角の山懐に岡寺がある。仁王門や本堂は、どっしりとした重厚感を持っている。帰りに茶屋で「くずきり」を食べたがとても美味しかった。
わたりゆく鐘の音沁む秋の暮 |
| 第8番長谷寺 |
奈良県櫻井市初瀬 |
聖朱鳥元年(686)、道明上人の開創とされ木造では我が国最大の十一面観音像が祀られている。 |

ご詠歌
いくたびもまいるこころははつせでらやまちかいもふかきたにがわ |
長谷寺は牡丹の名勝。やや黒ずんだ重厚な仁王門をくぐると399段の登廊がある。この登廊の両側にもやがて新芽が出、こぞって咲く時期を待っている。本堂に入ると金色の大きな観音様が立っていてびっくりする。身体の割に顔が大きい。右手に錫杖を左手に蓮の入った壺を持っていた。この観音は木造の十一面観音だ。 |
| 第9番興福寺南円堂 |
奈良市登大路町 |
藤原氏一族の氏寺藤原鎌足が病をを得たので天智天皇が京都山科に山階寺を建てた。その後、都が奈良に移された時この地に移転された。 |
ご詠歌
はるのひはなんえんどうにかがやきてみかさのやまにはるるうすぐも |
工事中。
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| 第10番三室戸寺 |
勝京都府宇治市莵道滋賀谷 |
阿天智天皇の皇孫白壁皇子(光仁天皇)が宇治山の岩淵の滝から出現された金銅の千手観音を崇敬し、のち天皇になられた時、宇治の離宮御室に尊像を祀り寺号とした。 |
ご詠歌
よもすがらつきをみむろとわけゆけばうじのかわせにたつはしらなみ |
工事中
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