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上高地は日本の渓谷100選の第1位に選ばれているそうであるが、年々環境の変化で大正池も小さくなりつつあるらしい。学生時代に来たことがあるが、最近は、トンネル工事やら何やらで山も騒がしい。今回は、旅のついでに寄ったものであるが、このとおり軽装で革靴である。山を愛する人から見れば、すこぶる不謹慎かも知れない。
後ろは、大正4年に噴火した焼岳。皆は穂高や槍ヶ岳を目指すが、まさかこの格好では登れまい。私はここで十分。しかし穂高の見える河童橋まで歩いていったが、すれ違う人も結構、軽装である。観光バスで来た一団もお年寄りであったが、梓川の澄んだせせらぎにさぞ満足だったことだろう。 |
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平成7年にユネスコの世界文化遺産に登録され、より貴重な山村、白川郷。この合掌造りは、釘やカスガイを一切使わず、大きな萱葺き屋根を支えているから不思議だ。中に入ると涼しい。2階、3階と上に行くにつれ狭くなっているがいたしかない。しかし、素朴でワンルーム的な感じがなかなかいい。
飛騨高山から白川へぬけたのであるが、季節的には、冬のライトアップツアーがあるようで・・
いつかもう一度、雪の白川を訪れたいものである。世界遺産も数少ないようだから。 |
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奥の細道むすびの地、この大垣を是非訪れたいと思っていたところ、蘭の会和歌山支部主催で行くことになった。
左は、5ヶ月の漂白の旅「奥の細道」を終え、桑名に帰る水門川の旧船町港跡なんです。 すぐ横が水門川になっており、一隻の船が、さもこれに乗って桑名まで下ったのだと言わんばかりに繋がれています。その折、詠んだ句が「蛤のふたみに別行秋ぞ」なんですね。芭蕉はこの大垣を4度も訪れています。
市内のいたるところに芭蕉と大垣俳人の足跡が残され、句碑も20ほどあります。もう一度ゆっくり句碑めぐりをしたいところだ。
短夜の窓に明け初む犬山城
蕉翁の夢に割り込む夏帽子
緑陰や黒色持する川燈台 |
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岐阜県美濃太田から愛知県犬山にかけての木曽川下りである。奇岩巨岩を右に左に、ある時は激流をある時は、ゆるやかな流れを楽しみながら下る。途中で、カメラマンが待っている。買う人がいるから商売が成り立つ。犬山城は、桃山風の建築で別名、白帝城ともいう。李白の罪を逃れて長江を下るという場面だが、「朝に辞す白帝彩雲の間、千里の江陵一日にして還る、両岸の猿声啼いて住まざるに・・・」という漢詩を思い起こすのであるが・・・。長江とは、スケールこそ違うが確かに野生の猿がいた・・・。
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犬山に来てノスタルジーを感じさせる所といえば明治村である。森鴎外・夏目漱石旧宅をはじめ、明治の主だった建造物が
森のあちこちに散在している。京都市電や蒸気機関車も実際走っていて乗せてくれる。野外博物館と銘うっているだけに広々として森林浴もでき、ところどころに冷たい水が流れているので涼もとれる。 |
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関ケ原ウォーランド
1600年(慶長5)9月15日美濃国(岐阜県)関ヶ原で、徳川家康のひきいる東軍と石田三成を中心とする西軍が激突し、東軍の勝利が決定した。この結果、徳川氏の全国支配が確定的となり、1603年の江戸幕府の成立となる。足軽、鉄砲隊、大将などおびただしい数の人形が叢に立ち、戦場さながらの風景だ。NHK大河ドラマでは、必ずといっていいくらいこの関ケ原が舞台に出てくる。 |
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JR野辺山駅は、JRとして標高が一番高い駅として有名です。標高1345.67mと書かれています。野辺山は高原野菜の産地として知られ、次の駅の清里では、軽井沢と同じように避暑地として人気のあるところです。私たちも清里高原ロッジで1泊しました。
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馬 籠
中山道の宿場町であり、また島崎藤村の生地で、「夜明け前」の舞台となった。藤村記念館があり、こじんまりとした記念館ですが、「千曲川のスケッチ」や「破戒」等。小諸時代の藤村と小諸義塾の資料を中心に展示してあります。
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