そして二十年
辻 かよこ
新和歌浦観光ホテルに野澤節子先生をお迎えしての「和歌山蘭の会」の発足であった。その日和歌山市駅に降り立たれたのは、節子先生・小枝秀穂女・すすき波浪の二氏。四国からは、田村一翠氏が駆けつけてくださった。 (土佐吟行での加代子先生)
三方がガラス張りの和歌浦湾を一望できる広間に、私たち和歌山勢いはちんまりと畏まっていた。
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十名にも充たぬ蘭の若芽であった。那智からは西畑幸子さん、男性では友田耕平さんと山原せいぎさんが居た。あれから二十年の日月が流れ、発足句会に加わった仲間達も鬼籍に入り今では三名のみ。ゆるやかに刻は流れると云うが、どうしてどうして二十年の間には色々なことが起こった。当時、当地には関東系の結社所属の俳人が少なく、野澤節子の「蘭」と云っても相手にされなかっ(円空が彫った仏像) た。そんな中で仲間達が手をとり合って輪をつくり「和」を育んで、七周年記念誌「水韻」を出版した頃には、三十六名のグル−プに育っていた。 |
「ぼつぼつと楽しみながら続けて下さい。」は発足の折の先生の言葉、日の当たりにくい片田舎の蘭の芽に対してのせめてもの励ましの言葉であったろう。以来増えては減り減ってはふえる会員の動静の中で、私たちの歩みは先生のお言葉通り、ぼつぼつと楽しみながらの句づくりが続いている。二十年前のあの日の先生方に、ご一緒いただけない (舎利仏のある横倉寺) こころさみしさの洞戸吟行会であった。 |
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