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瀬戸内の旅

瀬戸大橋・しまなみ海道・耕三寺・小豆島にて
瀬戸大橋
瀬戸大橋開通の頃、妻と子供と屋島、金毘羅、瀬戸大橋、倉敷、赤穂と回って帰る旅に出たが、和歌山から四国についた途端、子供が熱を出して、瀬戸大橋の鷲羽山遊園地のみで帰ったきた時があった。
以来、この橋は、7、8回は通っている。

第1の大橋、3連吊り橋の来島大橋。事故が起こったのは、最近のように蘇る.瀬戸内の海を真下に見て橋をわたる。タンカーも小さく、夏の海に銀の大橋が跨ぐ。大三島と生口島を結ぶ多々羅大橋は斜張橋としては世界最長だそうだが、竪琴のように張られた線がとても印象的だった。橋は、通るときはよくわからないが、下から見上げたりすると壮大で美しい。



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橋長790m

耕三寺     

生口島耕三寺は二度目であるが、日光東照宮の陽明門は原寸復元の建立。彫刻金具とか、彩色は和上独自の工夫だそうだが、一見わからない。栃木にある日光は広すぎて見て廻るのが大変だが、ここ耕三寺にあっては、平等院鳳凰堂、奈良室生寺の五重塔、大阪四天王寺金堂を所せましとならんでいるので、あまり歩かずに見学できる。日盛りに園の動物が押し黙っているようである。小高い所より瀬戸の潮風が吹き通りうれしい。千仏洞地獄峡は気温がぐっとさがり、地下へおりてゆく、地獄絵巻が俳句でつづられ全部見ていったので結構時間がかかったが涼しくてよかった。私も3句、そっと飾ってくればよかった。

洞涼し吾が行く先に観世音
洞出でて炎天の空かぶされり
泉湧く千仏洞の地獄谷。



(1)岬の分校
   小豆島
(1)二十四の瞳の舞台。岬の分校。
  子供たちが本校へ行くまで学ぶ

(2)大石先生の家へ泣きながら歩いて行った時、先生の乗ったバスが

(3)有名な寒霞渓。断崖をいくロープウェイは絶景。

(4)クジャク公園。
  放し飼いで人になれている。歩いて行くと眼の前で大きな羽を広げてくれる。

(2)先生の乗ったバス
小豆島と二十四の瞳について

かねてから二十四の瞳の舞台、小豆島。岬の分校ってどんなところかと思い、いつかはと思いながらやっと行ったところ。 
壷井栄は、小学校の教科書「石うすの歌」などでも載っていますが、一見、いろいろな人間愛を呈していてその感動に心うばわれますが、底流には戦争の惨めさや悲しさがあり、表面にあまり出ない分よけいにじんわりと深く伝わってきます。  

二十四の瞳では、ハイカラな新任の大石先生ですが、村の人と苦労してうち解けていき、子供たちには、先生というよりむしろ母性愛的な接し方といいますか、深い愛情で結ばれていきますが、やがて戦争でみんなばらばらになったり、夫、我が子、教え子と失っていくわけですが、ここでもけっして戦争のことをくどくどと言ってはいません。
 
壷井栄は郷土を愛し、郷土の人の目線にたって物を見、考え、いわばよそ行きの文学でない素朴な人柄で物語りを書いた人でした。しかし、その視野は広く、無意味な戦争を批判し、人間の愛や陥りやすい点などをしっかりと見据えた人だと、私は、小豆島に行ってその人物にあらためて深く感動して帰ってきました。 
尾崎放哉の終焉の地でもありますが、半日コースにはずれていたのが残念。

(3)寒霞渓

(4)孔雀公園