小豆島と二十四の瞳について
かねてから二十四の瞳の舞台、小豆島。岬の分校ってどんなところかと思い、いつかはと思いながらやっと行ったところ。
壷井栄は、小学校の教科書「石うすの歌」などでも載っていますが、一見、いろいろな人間愛を呈していてその感動に心うばわれますが、底流には戦争の惨めさや悲しさがあり、表面にあまり出ない分よけいにじんわりと深く伝わってきます。
二十四の瞳では、ハイカラな新任の大石先生ですが、村の人と苦労してうち解けていき、子供たちには、先生というよりむしろ母性愛的な接し方といいますか、深い愛情で結ばれていきますが、やがて戦争でみんなばらばらになったり、夫、我が子、教え子と失っていくわけですが、ここでもけっして戦争のことをくどくどと言ってはいません。
壷井栄は郷土を愛し、郷土の人の目線にたって物を見、考え、いわばよそ行きの文学でない素朴な人柄で物語りを書いた人でした。しかし、その視野は広く、無意味な戦争を批判し、人間の愛や陥りやすい点などをしっかりと見据えた人だと、私は、小豆島に行ってその人物にあらためて深く感動して帰ってきました。
尾崎放哉の終焉の地でもありますが、半日コースにはずれていたのが残念。
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